宗教を作るときKPIとか立ててたのかな?

最近も相変わらずいろんな会社のプロモーションについて勉強している。

どの会社も基本的にイベントをやる時はその目的があって、予算があって、成功したかどうかを見極めるKPIが設定されていて、その条件の中でどんな事をしようか、誰が何をすべきか、どんなリスクが想定されるか、長期的に見たロードマップはどんなシナリオが描かれているのか、といろいろロジカルな項目を列挙する事がスタンダードになっている。

でもそれってここ数百年とかの話なんじゃないかなと思っている。18世紀とかに工場制機械工業の導入で何かを大量に数える事が必要になってきてからの話なんじゃないかなと。イエスキリストが本当にいたのかどうかは別として、キリスト教が築かれたキッカケを作った人は絶対にいて、たぶんそのカリスマは「本プロジェクトを500フェーズに分けて2,000年後に信者20億人を目指します」とかってKPI置いてなかったと思う。

オレは世界最強の組織は宗教だと思っている。日本の昔ながらの終身雇用の大企業のそれとは比べものにならないほど、人間のちょー根本的な暮らしの全てが委ねられた組織だから。小学校のころ文化がウソみたいに違うヒンズーとかムスリムとかの友達のライフスタイルを見ていてすごくそれを感じていた。夕方のラグビーの試合が終わるまで夕日が沈まないからご飯食えないとか可哀想だね、みたいな。

ちょっと話戻るけど企業って本来世の中にあると良いとされる価値を生む組織であるはずだ。人々の暮らしを豊かにするとか、便利にするとか、個々のビジネスの内容を見ると人によって見解は違えど、やろうとしている事は宗教の始まりと似ているんじゃないかなと。すごくざっくり言うと、宗教はそこに属して神様を信じれば「人として生きる権利」を享受できる。企業に属して理念を信じれば「人として生きるためのお金」を貰う事ができる。

それを達成するためにKPIで全てを管理するんじゃなくて、Desireと信じる力だけで推し進めちゃって良い時代がもう少しで来ないのかな。そういうマインドに近い企業はオレはすごく好きだ。やるべきだと思っている事をやる。裏でお金で測れるロジックは作るにしても、まずは「やるべき」ありきで物事を進める考え方。

現代のWEBマーケティングは数字設計が全てだけど、そんなものはあと数十年、いや数年かな、でロボットに任せれば良い時代になる。

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