パンガン島DJの旅で感じた日本人が意識すべき3つのコト
今年は初めて年末年始を海外で過ごした。目的はタイのパンガン島で毎年行われるFull Moon Party(厳密にはその4日前にあたるNew Year Party)に参加し、現地でDJをするため。今回パンガン島までは東京羽田から上海を経由し、タイの首都Bangkokからさらに飛行機で南のDonsakに向かい、フェリーで2時間弱かけてたどり着いた。トランジットと移動時間だけで2日間はかかった。
今回の旅行では中国人、タイ人、オーストラリア人とその他欧米系の観光客と会話をする機会があり、彼らとコミュニケーションをする上で色々考えた末3つのポイントに集約できた。
①日本の文化はやっぱり守るべき
すごくベタな話ではあるけれども、日本人の他人への思いやり精神は世界に誇れる文化だと改めて思った。
日本人は他人に対する配慮と、環境や公共物を丁寧に扱う事に対する意識が桁外れに高い。これはAsiaだけでなく昔住んでいたLondon他欧州や米国Los Angelesと比較してもそう思う。
なぜそう思ったか。今回帰りの中国ではタクシーに騙されそうになったり、ゲートがわからなかったりで予定の飛行機発着の5分前に目的ターミナルに着いた。トランジットのため中国間で別の空港まで移動する必要があり、その中で英語がほとんど通用しない(もしくはそのフリをされていたのかも)環境が思っていたよりも厳しかったため。
またタイのバンコクでは市内でのゴミ捨てが多かったり、使わない設備を片付けるという発想がないんだろうと思わされる風景が目立った。
一方で日本文化の一番良い重要なポイントはこの意識がお金の損得とは関係なく成り立っているところ。自分の財布を山手線内で落としてもちゃんと中身が入ったまま帰ってくるし、公共エリアを掃除する文化がしっかりと根付いている。ただし逆に言うと、これは暗黙のルールを共有できる文化圏内でしか成り立たない。今後間違いなく多くの移民が日本国内に入ってくるので、文化の品質維持が難しくなる。街中の標識や誘導サイン、お店での接客や物品の取り扱い方が一定レベルを保てなくなる。どうすればいいんだろう。まだわからないけど。
②生き方の選択肢の幅は外国人と会話をしないと飛躍的には広がらない
海外で日本の事をほとんどしらない様な人と会話をするとすごく刺激になる。その結果自分が抱えている目の前の問題や課題が大した事ない事に思えてくる。
ホテルの受付カウンターの中に布団を敷いて寝てるオバちゃんを起こしながら「あ、東南アジアの島でホテル経営しながら日本のクライアント向けにWEB事業で稼ぐとかもありかな」とか、楽しそうにトゥクトゥクを運転するオッサンと話しながら「タイってセブンイレブンがマジで多いけどそれらの店舗と日本のサービス業+Uberみたいなシステム(帰国直後にLINEやソフトバンクがこの事業を狙っている事を知った)を活かしてタクシー配送とかの領域まで伸ばして展開できるかな」とかすごくテキトーな事を考え始める機会が生まれ、いろいろ今後のヒントが浮かんでくる。
オレは社会人経験を含め日本で過ごした23年間を通して、ある程度この国の事を理解できているつもりだ。その中で出会ってきた人で人間的につまらない人はいなかったが、日本人の間では生活水準(というよりも情報力かな)の格差が激しくないので、自分と生き方が全く違う人と出会える確率が低い事が分かった。
③価値を生み出す思考を変えなければいけない
今回の旅の中で飛行機やフェリーの時間を使って”How Google works”を読んだ。その影響も受けているのは間違いないけど、日本人の良いところを欧米スタイルのビジネスの仕組みで歪めている現状を打破したいと思うようになった。企業に所属する従業員を金稼ぎロボットとしてトップダウンで動かすのではなく、この高品質な国民性を活かした新しい価値創造の基盤を作れないのかなと思っている。具体的にはまだ思いつかないけど。
日本人は出る杭が打たれる国で成果物の平等を好む民族だからなのか、大きな変革をリスクとして捉え、努力して改善する事を安定した価値創造だと考える人が多い。だから日本のクラブパーティは説明するまでもなくほとんどクソつまらないし、ビジネスで手がけるイベント演出や展示会のブース装飾においても世界中の人々が眼光を開くような飛び抜けた事をする企業は一つもない。2011年に初めて見たシアトルのスパコン専門の展示会と、それ以降見てきた日本の展示会を比較してもそう。マニアックなオタク文化以外の日本のエンタメ全般にも似たものを感じる。海外で生まれたモノの二番煎じを国内展開してすぐ廃れていくファストエンタメが目立つ。
先進国で言語の壁が唯一あるのは日本人ぐらいだ。地理的にも言語的にもガラパゴス化されている日本にはその良いところと悪いところがあるが、油断しているとインターネットの普及により21世紀の武器を手にいれたハングリーな国がグングン先進国を食い潰しに来る。建前と本音の住み分けを美徳とする文化とは別軸で、日本人はもっと心の底から本音でやばいと思うものをアウトプットして形にしていくべきだ。「先生」や「大先輩」から教わった数十年前の手法だけが正解ではない事に気付き、時にはそれが間違いである事を恐れないで発言して行動に移していかないと、時代の流れの読めない価値創造力の低い民族になっていってしまう。
とにかく目先の金稼ぎばかりに囚われる切羽詰まった日本人が淘汰されていかないとやばい。
そしてそういうマインドを持たない様にするためにも、旅行や普段の生活を、お金の消費だけで構成しない事をお勧めしたい。去年スリランカでDJした時もそうだけど、旅先もしくは休日の遊びで何かを提供する立場になると良くマーケティング業界のカモとして扱われる「消費者」である時に比べ何十倍も大きいモノを得ることができると確信した。
今年はたくさん失敗して、時には怒られて、いろんな人から批判をくらいながら時代の変化を読んで2016年に向けた方向性を探す年にする。そしてそのプロセスを共有しながら一緒に作り上げていける仲間にもたくさん出会って議論していきたいな。