早稲田大学部商学部 2009年9月課題 これからのすまい “ソーシャルグラフ”
このレポートでは自分なりに考える「これからのすまい」について見ていきたいと思う。しかし「すまい」とは言っても物理的に住める空間の話ではなく、WEB上の話を取りあげる。
現在WEBの構造が変化し、また新たなフェーズへと向かっている。多くのIT企業はもちろんの事、消費者である一般市民もWEB社会に恩恵を受けるのが当たり前になってきた。情報処理の速度が増し、無料で使用できるツールの増加、WEBの「どこか」に個人情報を置くといった新しい概念の出現など、WEB社会の変化は著しく進化している。この新しい変化の中で一番大きいのが、ユーザーの個人情報から企業独自のシステムやノウハウに至るまで、従来それらの漏洩を防ごうとしてきた様々な情報を公開する事が、また新たな価値を生み出す世界が構築されつつあるという事だ。その新しい空間の基盤となるのがこのレポートで取り上げるソーシャルグラフである。ソーシャルグラフはすべてのプレイヤーに様々な形で利益をもたらすと考えている。結論から言うと、今後はWEB空間が人々の生活空間の一部として必要不可欠な環境へとなっていくという事だ。
WEBの世界はWEB1.0から現在の2.0へ移行し、今後は多くの場面でクラウドコンピューティングという形態が主流になる事が予想される。この3つ目のクラウドコンピューティングにおいてソーシャルグラフが活用され、ユーザーの生活の一部となりうるのである。ではまずWEB1.0とは何か、という事から説明したい。
10年以上前のWEBサービスは構造、及び利便性の意味でもかなり限定的な利用法しかなかった。当時は各ウェブサイトからその閲覧者であるユーザーに向けて情報を発信するのみで、ユーザーは自分の知りたい情報へたどり着くまでにリンクをたどるしかなかった。これは本の索引を見ながら情報を探す作業と全く同じであった。検索はできたとしても、サイト運営者側が人間の手でタグ付けした情報のみに限られていた。
しかし1999年1月にP2Pとよばれる技術を用いたファイル共有サービスが誕生する。それは従来のインターネットの利用法に全く新しい概念を持ち込んだ。ナップスターと呼ばれるこのサービスは、インターネットにつながれた個々のユーザーPCから音楽データなどを読み込み他のユーザーのPCへ配信する。ここ最近日本でも問題になった技術を利用したサービスを提供していた。ここでユーザーは情報を受信するだけでなく、発信できるというポジションに置かれ、それが一般化していく。著作権の問題でこのナップスターのサービスは約2年で終了したものの、ユーザーがWEB上にコンテンツを発信する形体が普及する。それ以降、成長するウェブサイトはユーザーからの情報提供が不可欠といっていいほどにまで変化していった。この現象において、WEB社会で初めて人と人との間のコミュニケーションがよりリアルタイムで行われるようになった。このユーザーコンテンツにより構築されるウェブサイトの事をCGM (Consumer generated Media)と呼ぶ。
WEB2.0とはCGMが主な情報をやりとりする場となっていくWEB社会を指す。ユーザーは受動的ではなく能動的に他のユーザーと関わりを持ちながら活動する。WEB社会はWEB1.0からこのフェーズに突入し、ユーザーが情報を発信するようになると、データのトラフィックがより複雑になる。つまりWEBサイトはサービスを提供する対象のユーザーから様々な意識表示をされる。これにより、サービス内容をある特定の内容に特化したモノに改良する事や、クオリティを向上させる事がより効率良く行えるようになった。しかしWEB2.0に代表されるウェブサイトはユーザーに本名を名乗ってサービスを利用してもらうに至らなかった。何かしらのニックネームで利用してもらい、ユーザーはプライバシーの問題に注目せざるをえなかった。WEB2.0サービスには二つ注目したい点が挙げられる。
まず一つはユーザーが実質WEB社会に参加する事になり、様々な属性にカテゴライズされるようになった事である。それはサイト側から顧客を絞る事も、また逆にユーザーが目的のニーズにたどりつくために必要だ。WEB1.0サービスももちろん対象ユーザー層のカテゴライズは行っていたが、2.0のそれでは個人ベースで行えるようになる。個人を特定するためにはIPアドレスなどを基にしたり、HTTPクッキーなどによりウェブブラウザ等で判別したり、またはアカウント単位で管理している。WEB2.0社会で個人を対象とした代表的なサービスは数多くある。まず動画共有サイトYoutubeではアカウントを作成後、そのユーザーは様々な動画を見たり、コンテンツをアップロードしたりするほど、その履歴を元にユーザーが好みそうな動画をレコメンドする。あるいは大手ECサイトAmazonではユーザーの購入履歴をもとにオススメ商品を提示してくる。これらはいずれもサービス運営側による顧客ユーザー層のカテゴライズでは不可能だった。
二つ目にCGMではもう一つ大きな特徴として、ウェブサイトが受ける事のできる無償労働力の存在が挙げられる。さきほども例に出したYoutubeは個人単位で多くの情報を管理しているだけなく、様々な形で労働力をボランティアとして提供されて成り立っている。動画サイトとしてコンテンツ作成に必要なカメラマン、出演者、ディレクター、映像編集及びアップロード、サービスを運営する際のコンテンツのタグ付け管理、他ユーザーのためのクオリティ評価など、その全ては利用者が行っている。Youtubeはそれら活動を行うプラットフォーム構築と、有害コンテンツや不正利用者を排除するための費用に投資するだけである。写真共有サイトflickrやオンライン百科辞典のwikipediaでも同じ事が言え、ユーザーが使用するインターフェースとコンテンツを表現するツールのみを提供する。
最後に、クラウドコンピューティングで活用されるソーシャルグラフとはWEB上に存在するものの関係を図にした相関図の事を指す。この概念は2007年にBrad Fitzpatrickが提唱したもので、現代のWEB社会に達するまでの、その構造の変化に伴い生まれてきた新たなニーズに答えるための情報網である。ソーシャルグラフという図の中で、それを構成するすべてのモノがノードとして存在する。そしてそれらノード同士の関係、繋がりを示すものがエッジである。
クラウドコンピューティングのイメージはコンピューターをクラウド(雲)の中に置くというものだ。各個人のローカルのPCに情報を蓄えるのではなく、今後は趣味から仕事場まで全てWEB上で完結させるユーザーも出てくると考えられる。
近年、人がWEB上で活動するためのツールから環境までオンライン上で整ってきた。WEB上では人の行動はすべてデータとして残す事ができる。活動するための情報はすべてWEB上の、クラウド上の、「どこか」に置かれている。そして活動内容が複雑化していく中でユーザーが作り出す様々な情報がWEB上のソーシャルグラフに残されていく。蓄積された情報は誰かに独占される事なく、ユーザー自身の管理のもとWEBという世界の多くの場所で共有されていく。
こうしてWEB上に蓄積されていく情報はどのようにして現実世界から投げ込まれていくか。WEB世界への窓口となるデバイスは急増している。まずは携帯電話がその代表例だ。今では携帯電話という個人を特定できリアルタイムで情報を送受信できるという特徴を活用して、天気予報やイベント情報、交通情報からモバイルクーポン券まで個人のライフスタイルに適したサービスを提供する事ができる。またケータイブログなんかも日々の生活がWEBと結びつくわかりやすい例かもしれいない。他にもPCで遊べるオンラインゲームやインターネットにつながったゲーム機などで、個人の趣向をもとにゲーム画面に適した広告を載せたり、お勧め商品を紹介したりなどできる。また最近ブームとなっているwii fitなどを通してWEB上で個人の健康管理もできる。また医療現場では電子カルテの活用が注目されている。これら全ての情報がソーシャルグラフで管理されると、クラウドが生活空間の一部と認識せざるをえない状況となってくるのではないだろうか。
この様に、これからの生活空間において、その情報という部分の多くがよりWEB環境にシフトしていくと考える事ができる。ソーシャルグラフなどのWEB環境は、これらのすまいとそれに伴い生まれてくる文化と切り離すことができなくなってくると考えている。